顎関節症について

変形性顎関節症と診断されたらどうすべきか

 1970年代までの顎関節症の診断法では,骨の状態を見るための手段としてエックス線撮影しか有りませんでした.患者さんの顎関節にエックス線撮影すると色々な形態変化が見られました.その変化が実際に現れている症状と関連しているのだろうとの考えから,変形性顎関節症という診断名がかなりの頻度で付けられていました.しかしその後の解剖学の進展により,顎関節症の症状のない人でも,高齢になると色々な骨の形態変化が現れることが分かってきました.このような知見が集まることによって,現在では変形性顎関節症と診断する基準が厳しくなり,変形性症例は極端に減っています.少なくとも何らかの顎関節症の症状があり,定められた形態変化がみられてはじめて変形性顎関節症と診断されます.2000年代に入り,東京医科歯科大学歯学部顎関節治療部で調べた結果によると,2008年1月~12月に初診として受診した全ての顎関節疾患患者2556名のうち,左側のみ何らかの症状をもった患者は1657名でした.このうち顎関節症と初診時診断された全患者数1590名のなかで変形性顎関節症と診断されたのはわずかに16名のみでした.全体の1%となります.
 しかし,一般歯科開業医や顎関節症の専門医がいない口腔外科などでは,未だに「変形性」とする顎関節症の診断がしばしば見られます.その原因について説明します.まず最初に触れるべきであることは,そのような施設の歯科医の多くが最新の診断基準を知識として持っていないことです.次に多くの歯科医はパノラマエックス線撮影所見をもとに診断する事が多いのですが,この撮影法では,画像が左右に広がった形の写真になり,顎関節部分が左右両脇に描き出されます.このとき左右の顎関節の軸である下顎頭の形態が異なった形に描かれることが多いため,その変化を「変形」とみなしがちになるのです.また最近は開業医でもCT撮影が可能な施設が増えています.CTでは条件設定によって骨の状態を詳細に見ることができるのですが,その詳細画像が変形しているととらえられやすいのです.こうした状況から過剰な診断を下す機会が増えているのです.
 高齢者の顎関節を対象として骨の状態を調べてみると,膝の関節と同様に色々な形態変化が見られます.膝においてはそのような変化があるとしても,その人が膝の不調を訴えているとは限りません.不調がない人の膝関節はどうなっているのかというと,変形が見られても膝の可動域の大きい事が知られています.すなわち関節がよく動くと言うことです.昔から理学療法士の間では「良く動く関節は痛くない」という経験的事実が伝えられています.良く動くことで血流が維持され,それによって膝関節への栄養供給がよく,老廃物や発痛物質が蓄積しにくいのだと説明されます.このことは顎関節においても同様です.歯科を受診する高齢者の中には,顎関節に何ら症状をもっていない方でも顎関節の形態が変化している例がしばしばみられます.ですから顎関節症の症状がなくても変形しているひとが多いと考えるべきです.
 そうであるならたとえ「変形性顎関節症」と診断されても悲観する必要はありません.手術以外の治療で十分に機能回復できる場合が大半なのです.