顎関節症は長い間「かみ合わせの悪さ」が原因だと考えられてきました.そのために,悪い咬み合わせの影響をなくすため,かみ合わせを変える治療が色々行われて来ました.しかし,このようなかみ合わせに対する治療を行っても症状の消えない患者さんが多数おられます.
現在ではかみ合わせの悪さも小さな原因とは言えるものの,その影響は小さいことが分かってきました.逆に,歯を削るとか歯列矯正をするといった治療の場合,一旦治療を受けると,もし良くならなかった時には,元に戻せないことになります.こうしたことから,顎関節症を専門に研究する歯科医が中心となって活動する日本顎関節学会では,世界中の論文を集めて,かみ合わせを良くする治療の効果を調べました.その結果,少なくとも「歯を削ってかみ合わせを良くする」治療の効果に関しては,科学的な根拠はないという結論をえました.なんと世界中で出版された研究論文のただ一つとしてさえ,科学的証拠を示して有効であることを証明した論文はありませんでした.そこで「顎関節症の初期治療として,かみ合わせを削る治療はおこなうべきではない」というガイドラインを公表しています.少なくとも顎関節症の治療として「歯を削る」治療を提案された場合は,断固拒否してください.歯を削られて良くならなかった場合には元に戻せません,場合によると水を口に入れると「歯がしみる」といった症状が出ることになるかもしれません.
ましてや,歯列をキレイに並べる歯列矯正治療とか全ての歯を削ってかぶせものをすることで理想的なかみ合わせを作るといった治療が,顎関節症治療として提案された場合には,絶対に受け入れないでください.歯列矯正治療や全部の歯にかぶせものをするという治療が顎関節症を治すという科学的根拠はありません.これまでに高額な治療費用をかけてかみ合わせ治療を行ったにもかかわらず,改善しなかったという患者さんを多数診察しています.数100万という費用が無駄に費やされています.中には新聞広告に自著を掲載し,かみ合わせを治すことで全身の様々な症状が改善するという主張をしている歯科医もいます.あるいは独自理論に裏付けられたと称して特殊な形の高額なマウスピース(スプリントとも言う)治療が全身の不具合を治すとして勧める歯科医もいます.しかしそういった治療の効果が科学的に証明されたものは,日本のみならず世界を見渡しても一つもありません.くれぐれもそのような治療を提案された場合は拒否することをお勧めします.
なぜかみ合わせ治療はダメと言うのかといいますと,顎関節症になった状態では左右の筋肉が疲労しており,また顎関節内部の問題から,あごの咬む位置が変化してします.またその変化の大きさも絶えず変わるため,かみ合わせがおかしいと判断しても,それを治すべき健康な状態でのかみ合わせを決めることができないのです.一般的には左右の正面で上下の歯を合わせたり,下あごを歯科医が手で持って誘導して咬む位置を決めたりしますが,それで健康なときのかみ合わせを再現できたという可能性はホンノわずかなのです.歯の形で咬む位置を決めるといったことをする歯科医もいますが,これもあてにはなりません.要するにかみ合わせ治療で元の健康位置を決めることはできないと言うことです.顎関節症の結果としてできあがった咬合不良を元のかみ合わせを知らないまま,戻すことは無理なのです.このことは歯科医でなくともお分かりいただけるのではないでしょうか.そうではなく,そのようなかみ合わせ不良をつくりだした顎関節症の真の原因へのアプローチをすべきであり,結果としてのかみ合わせ不良を幾ら治しても原因ではないので治らないということなのです.